近況報告
最近、感動したりすることが多いです。
じうじう@都島
鉄板焼きと串焼きのお店。串焼きもなぜか鉄板で焼く、ちょっと変わったお店ですが、かなりええ感じのお店でした。串安い、そして色々工夫がしてある。「ウニもち」という串焼きがアルミホイルに入ってでてきた時点で、串焼きの原形が欠片もない姿ながら、モチにウニをのせそれを熱して焼くことで、ウニが溶けてソースのようにオモチにからみ絶品でした。今まで体験したこともないウニ遣いに感動しました。手羽先も、一工夫ありでした。普通手羽先ってしゃぶって食うじゃないですか、けどこちらは骨の端の部分を残して肉を削いでおりました。ちょっとわかりにくい説明ですが、要は骨にしゃぶらずとも手羽を楽しめるようになっておりました。まるでお婆ちゃんが、孫のために栗の皮をむいてくれるような優しさに感動しました。あと、トンペイ焼きを発展させた鉄板焼きがありまして、名前が忘れたのですが、豚テキを山芋で囲って鉄板の上で焼いているのもので、ヤマイモの中に豚のうま味がとじこまれており、こちらもなかなかでした。レンコンに豚ミンチをつめたものも、まあありがちですが、レンコン自体の甘味と豚の甘味といいますか旨味のバランスが大変よかったです。
今度は串焼きのエビパンを食べてみたいと思います。海老とパンがあわさったものみたいですが、普通に鉄板でパンを焼くと油をすうと思うのですが、このへんをどう処理しているのか楽しみにしたいと思います。
あと、夜3時までやっているんがエライ!
浪速SOULFOOD豊年@都島
たこ焼きとホルモン焼きのバー。たこ焼きは何種類かありバーでは4個単位で頼める。イタリアンが、オリーブオイルがかかっておりフォッカチャみたいな不思議なお味でした。軽く立ち寄る感じがええのではないでしょうか? 駅近で屋台風だけれども、ちょっとオシャレ、入り組んだスラムのような路地裏がええ感じでした。宮崎チキン、ホルモンドテ焼きは普通にうまい!
猫を抱いて象と泳ぐ 小川洋子著
「博士の数式」の作者の本です。とても静かな小説です。かといって、無音ではない。繊細で心地いい音色とでもいうのでしょうか。リトル・アリョーヒンという、自分の体が大きくなることに恐怖し子どものままの体でいることを望む天才チェスプレーヤーのお話です。時に楽譜に例えられるチェスの闘いを大変優雅に書いております。「博士の数式」の数学の美しさの描写にも通じる優雅さです。これを読んでいて、井伏鱒二著「山椒魚」を思い出しました。こちらは洞窟の山椒魚がいつのまにか洞窟の入口よりも体が大きく成長してしまい、抜けでれなくなり、その腹いせに洞窟の中にいた小さなカエルを一緒に閉じ込めるというお話です。この山椒魚を思わせる登場人物が「猫を抱いて象と泳ぐ」にもたくさん出てきます。で、山椒魚の話ですが、高校の教科書に掲載していたのでそこで読んだのですが、国語教師が言うには、ラストの部分を作者の井伏は一度書き替えたと言うのです。ラストの部分で山椒魚が閉じ込めた蛙に語りかける部分があるのですが、発表後に、「やっぱりこの部分は書くべきではなかった」と、その山椒魚のセリフををまるまる削ったというのです。で、国語の授業でその削った数行はどんな文章だったでしょう? という課題がでました。結局、その答えは読者が考えるべきものということで、教えてもらえなかったのですが、あの答えは何だったのでしょうか? 今「山椒魚」を読めばわかるのでしょうか? そんなことも「猫を抱いて象と泳ぐ」を読んで考えました。
村雨
岸和田に伝わる郷土菓子。蒸しパンチックなお菓子らしい。奈良でいうところの柿の葉寿司、堺でいうところのくるみ餅的なポジション。
赤井英和と「猫を抱いて象と泳ぐ」のリトル・アリョーヒン
ボクシングで、石田順裕という選手がスーパーウェルター級で暫定ですが、世界チャンピオンになりました。何度か試合を見たことがありますが、すごく左の使い方がうまい選手。リーチがあり、その左を色々な角度から出す。威力はないけど、実にやっかい。
今回の試合では、観客から「右を出せ」とやじられるぐらい左を打ち続けたらしい。本人はインタビューで、「右を出して打ち合いもしたかったが、セコンドの指示で勝負に徹した」と話していた。
前述した「猫を抱いて象と泳ぐ」のチェスと同じように、ボクシングの勝負も音楽に例えることができるときがある。お互いのいいところを引き出しあうような、あるいは実力差がありながらも格下の奮戦で観客を沸かせるような試合もある。なかには、あえてそういう客をわかせるような、楽譜を奏でるような展開を選ぶ選手もいる。
たとえば、浪速のロッキーと呼ばれた赤井英和。彼のほとんどの試合は壮絶な打ち合いで、客を大いに沸かせた。しかし、彼が自分の生涯ベストバウトとしてあげたのは、彼の代名詞「浪速のロッキー」を地でいくKO勝利の試合でもなく、世界タイトルマッチでおしくも敗れた試合でもなく、生死を彷徨うことになったKO負けの試合でもなく、地味なアウトボクシングで判定勝ちした試合なのだ。
実は赤井英和は、本来アウトボクシングが得意だったらしい。つまり今回の石田のように左で距離をとりポイントを稼ぐのが得意な選手だったのだ。
じゃあ、なぜ彼は、ほとんどの試合を自分の本来のスタイルではなく、壮絶な殴り合いに徹したのか。その理由は、僕の知る範囲ではよくわからない。赤井自身は、冗談っぽく「ロードワークが嫌いでスタミナがなかったから」とか、「はよおわってみんなで飲みにいきたかったから」とかコメントしているが、大阪人ならではのサービス精神が、彼の本来得意な戦法を封印させ、客が湧くどつきあいを選んだのだと思いたい。(そのほうが、先にあげた2つの理由も大阪人らしい照れ隠しとしてしっくりとくる)
「猫を抱いて象と泳ぐ」の主人公、リトル・アリョーヒンも赤井英和タイプ。(もちろん、赤井英和の何億倍も慎ましい性格なのだが)チェスでは、相手の長所を引き出し、後にチェスの棋譜を見た人が感動するような対局をしようと考える人だった。結局、リトル・アリョーヒンは生涯、勝負にはこだわらず素晴らしい棋譜を対戦者と作り上げることに情熱を燃やし続けた。たぶん、それはチェスの素晴らしい魅力のひとつなんだろうけど、やはり勝負としてのチェスの側面も見てみたい。
石田順裕のように、リングの上に対戦者と美しい楽曲を奏でることをのぞみつつもそれを放棄し、冷酷に勝負に徹する。それもまたボクシングやチェスなどの、勝負ごとの醍醐味のひとつだと思うし、その葛藤は文学的にも非常に美しい話だと思うのだ。(別に、「猫を抱いて象と泳ぐ」をそういう話にしてほしかったという願望ではない)
タチフト
先日は練習試合。運動不足のせいか、先月できたことができなくなっていた。このへんの感覚は手ですくった水に似ていますな~。こぼれて、すぐにどっかに消えてしまいます。ショートパスを捕球後、相手プレーヤーがすぐ近くにいたので、ボールを前に出して距離を稼ごうとしたら、ボールを持っている右手ではなく、ボールを持ってない左腕が前にでたのはビックリした。何か自分の体でないみたい。神経がきちんとつながってないみたい。まあ、練習試合の感想としては漫才みたいなプレイができて笑いはとれました。
あと職場のひとに、お好み焼きにローソクたてて誕生日を祝ってもらいました! 感謝です!!! あとダイエット器具ももらいました。これは、ちょっとプレッシャーです。 あっ、ちなみに28歳になりました。(嘘)





